1. 57日説の出どころ
季節ごとの違い
日本卵業協会が示す「季節別・生食可能日数」がよく引用元になります。そこでは卵を10 ℃以下で保存した場合、
夏(7–9月) : 16日以内
春秋(4–6月・10–11月) : 25日以内
冬(12–3月) : 57日以内
とされています。(nichirankyo.or.jp)
この57日はサルモネラ菌が内部で急速に増殖し始めるまでの“理論限界”を、もっとも低温・低湿な冬季に当てはめた数字です。
サルモネラの疾患リスク
1990年代初頭、Humphrey 博士は殻表面や卵内容液に Salmonella Enteritidis を接種し、温度(10 °C・20 °C・30 °C)×保存日数 で増殖速度を追跡しました。
この「10 °Cで約50 日」の結果に 家庭冷蔵庫での保管猶予 7 日間 を加え、50 + 7 = 57 日 が「冬期の生食限界」と定義されました(農林水産省資料でも同様の計算式を提示)。
2. そもそも賞味期限は何日で付くのか
表示義務のある「賞味期限」は、上記理論値よりさらに安全マージンを取って短く設定されます。農林水産省が2024年にまとめた資料では「生食期限の上限は21日(採卵~家庭冷蔵庫7日を含む)」と明記されています。(農林水産省)
つまり多くのパック卵は年間を通じ 14–21日程度 の賞味期限が付与され、印字が切れた時点で「生で」はなく「加熱調理」を推奨するのが国内標準です。(林野庁)
3. 季節差が生まれる科学的背景
卵内部で最もリスクになるのがSalmonella Enteritidis(SE)。
SEは20–40 ℃で増殖が活発になる。
卵白は鉄欠乏状態・アルカリ性などでSEを抑制するが、温度上昇と経時的なpH低下でバリアが弱まる。(PMC)
殻表面のSEは低温ほど長く生存しにくい。温度が30 ℃→20 ℃→2 ℃と下がるほど生残率は大幅に低下した実験結果がある。(ResearchGate)
したがって冬・低温環境では菌の増殖速度が顕著に鈍り、理論上57日という長期でもリスクが抑えられるわけです。
4. 衛生管理と保存条件が前提
57日を満たすには、次の条件が不可欠です。
必須条件 | 説明 | 背景 |
---|---|---|
採卵後すぐパッキング | 鶏舎での汚染低減 | 殻表面への糞便付着がSE侵入リスクを高める(World Egg Organisation) |
10 ℃以下(理想は4–7 ℃)で連続冷蔵 | 温度変動は凝縮水を生み殻の透過率を上げる | 温度が上がるほど殻内への浸透リスク増 |
ヒビや結露のない個体 | 物理破損は直ちにバリアを喪失 | SEはヒビから容易に卵内へ侵入 |
これらは産地一括管理が基本で、家庭に届く段階では検証できないため、市販パックは安全側に振れた賞味期限が採用されます。
5. 研究論文が示す経時変化
常温23 ℃で液卵を保存すると、卵黄部のSEは4日目以降有意に増殖した。(PubMed, PMC)
4 ℃保存ではSEは検出限界近くで静止し、30日目でも増殖せず。
pHがアルカリ性の卵白は初期数を約3 log CFU/mLまで抑制したが、時間経過と温度上昇で徐々に中性化し抑制効果が低下。
これらの結果からも「低温+短期間」がリスク最小化の鍵であり、57日という長期は極めて限定条件下のみ許容されることが分かります。
6. 海外基準との比較
地域 | 生食を想定した表示 | 背景 |
---|---|---|
日本 | 夏16日・冬57日(理論)/実際の印字14–21日 | 高頻度で生食する食文化向けに農場~小売で温度管理徹底 |
EU | 「産卵後28日以内に販売、家庭で加熱調理」指針 | 専ら加熱前提なので生食想定はなし |
米国(USDA) | 購入後3–5週間は殻付でも4 ℃以下保存で加熱調理推奨 | 全卵の生食は奨励せず、液卵は必ず殺菌済 |
7. 実務的な安全ライン
賞味期限内は生食可。
賞味期限後は加熱(中心温度70 ℃で1分以上)で利用。
ヒビ割れ・結露卵は即日破棄または十分加熱。
常温放置(買い物中の車内など)はできるだけ30分以内に留める。
まとめ
57日は「冬季・10 ℃以下・衛生管理万全」という理想条件下の最大値で、
家庭で万能に適用できる安全期間ではない。
実際のパック卵は14–21日で賞味期限が切れる設計になっており、それ以降は加熱調理を推奨。
サルモネラ菌は低温では増殖が遅いものの、温度変動やヒビ割れで急激にリスクが上がる。
従って「なるべく早く食べ、遅くとも賞味期限+1週間以内に加熱調理へ切り替える」ことが現実的な安全策です。
日頃から表示を守り、温度管理と衛生状態を意識して卵をおいしく活用してください。
Q1. そもそも「57日生食OK」という数字はどこから来たの?
A. 1990年代に英国の微生物学者 T. J. Humphrey 博士らが行ったサルモネラ増殖試験を、日本の行政・業界団体が「10 ℃以下・冬季」という最適条件に当てはめ、家庭の冷蔵庫保管余裕7日を足して算出した“理論最長値”です。実際に人が57日後の卵を食べて安全を確認した試験ではありません。Q2. パックに印字されている賞味期限と57日はどう違う?
A. 印字される賞味期限(14〜21日)は「夏に常温流通しても安全に生食できる最短期間」に合わせて一律設定されます。57日は冬季・低温管理が徹底された場合の“最大理論値”で、現場では安全側に大きく余裕を取っています。Q3. 57日以内なら必ず生で食べても大丈夫?
A. いいえ。57日は「10 ℃以下で温度変動がなく、ヒビ割れもない卵」に限定した値です。家庭での取り扱いで温度が上がったり殻が欠けたりするとサルモネラ侵入リスクが跳ね上がるため、賞味期限内だけ生食し、それ以降は加熱を推奨します。Q4. サルモネラ菌は何℃くらいで増殖しやすいの?
A. おおむね20〜40 ℃で活発に増えます。10 ℃以下では増殖が極めて遅く、4 ℃付近ではほぼ静止状態になりますが、ゼロになるわけではありません。Q5. ヒビが入った卵は賞味期限内でも生で食べられる?
A. 推奨できません。殻のヒビはサルモネラや一般細菌が内部へ直接侵入する入口になります。必ず十分に加熱してから食べてください。Q6. 冷蔵庫のドアポケットに卵を入れても大丈夫?
A. ドアポケットは開閉で温度変動が大きく結露もしやすい場所です。生食を想定するなら、なるべく庫内奥の温度が安定した棚に置く方が安全です。Q7. 賞味期限切れの卵は何日くらいなら加熱して食べられる?
A. 保存状態が良い場合でも「印字から1週間以内」を目安にし、中心温度70 ℃以上・1分以上の十分な加熱を行ってください。それ以上は風味も劣化しやすく、破棄推奨です。Q8. 海外では生卵を食べる文化が少ないのはなぜ?
A. EUや米国では卵の流通・保管が常温中心のため、サルモネラ汚染リスクが高いこと、生卵を食べる習慣がもともと希薄なことが理由です。EUは「産卵後28日以内に販売し家庭では加熱調理」を指針とし、米国は殻付きでも「購入後3〜5週間で加熱調理」が基本です。Q9. 平飼いや放牧卵はサルモネラリスクが高いって本当?
A. 飼育環境が屋外に近いほど野鳥・げっ歯類など外部由来の菌が入り込みやすいのは事実ですが、日本では定期検査や衛生基準の遵守等でリスクを抑えています。流通する平飼い卵も一般的に同じ基準で検査・洗浄されているため、表示どおりの保存・加熱ルールを守れば安全性は同等とされています。Q10. 卵の鮮度を家庭で見極める簡単な方法は?
A. ボウルに水を張り卵をそっと入れる「水に浮かべるテスト」が便利です。- 底に横たわる → 新鮮
- 少し傾いて底に立つ → 中期(加熱推奨)
- 完全に浮く → 内部のガスが増え劣化しているため破棄
ただしヒビがある卵や洗浄前の直売卵では正しく判定できない場合があるため、あくまでも補助的な目安として利用してください。